江戸時代の伊予国の地図が見つかり(だったかな)修復されているというニュースが以前あったことを思い出した。その地図の修復が終わり、今、県歴史文化博物館で公開されているという。公開は来週まで。下に引いたようにデジタルデータ(国立公文書館デジタルアーカイブ)は公開されているのだが、実物を見る機会はおそらくもうないと思うので見に行こうと思う。
特別展「開館30周年記念 国絵図の世界 ~甦る正保伊予国絵図~」/www.i-rekihaku.jp



伊予国(いよのくに)
江戸幕府の命で、慶長・正保・元禄・天保の4回、全国規模で国ごとの絵図等が作成されました。 このうち天保国絵図は、天保6年(1835)その作成が命じられ、同9年(1838年)に完成しました。縮率・描法等は元禄図と同様で、1里を6寸とする縮尺(約21,600分の1)で、山、川、道路等が描かれ、街道を挟む形で描かれている黒丸は一里塚の表示です。郡別に色分けされた楕円形の枠内には村名と石高が、白四角で示された城下町には地名と城主の名前が記されています。各絵図の一隅には、郡ごとの色分け・石高(こくだか)・村数を列挙した凡例が記され、最後に国絵図の作成に関係した勘定奉行・勘定吟味役・目付の氏名が加えられています。一部の地図には罫線が引かれています。陸地測量部が新たな地図作成のために、国絵図を模写したこともあり、明治維新後も実務に活用されていました。 国立公文書館には、天保国絵図全国分83鋪(重複を含めると119枚)、縮小図等12鋪が保存されています。元禄国絵図及び松前島から琉球まで国ごとに各村の石高を記した「天保郷帳」85冊等とともに昭和58年(1983)国の重要文化財に指定されました。天保国絵図は、良質の料紙に描かれた上、何重にも裏打ちがされているため、かなり厚いものになっております。そのため折り目によるかすれ・しわ等がみられますが、今回の撮影は、現状に手を加えることなく行っております。そのため一部不鮮明個所がありますが、ご了承下さい。
原図サイズ:東西714cm×南北706cm。本図は、当館所蔵の国絵図中最大のものです。伊予国を三分割した地図も当館に所属しております。
正保伊予国絵図/www.digital.archives.go.jp

伊予国大洲之絵図(いよのくにおおずのえず)
正保城絵図は、正保元年(1644年)に幕府が諸藩に命じて作成させた城下町の地図です。城郭内の建造物、石垣の高さ、堀の幅や水深などの軍事情報などが精密に描かれているほか、城下の町割・山川の位置・形が詳細に載されています。各藩は幕府の命を受けてから数年で絵図を提出し、幕府はこれを早くから紅葉山文庫に収蔵しました。幕末の同文庫の蔵書目録『増補御書籍目録』には131鋪の所蔵が記録されていますが、現在、当館では63鋪の正保城絵図を所蔵しています。昭和61年(1986)国の重要文化財に指定されました。
原図サイズ:東西264cm×南北215cm
正保城絵図 伊予国大洲之絵図/www.digital.archives.go.jp
※JPEG2000形式(jp2の拡張子を持つファイル)のことを知らず170MB(大洲城)もあるファイルをダウンロードしてしまっていた💦ダウンロードするならjpgで😅

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